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		<title>麻布高野山「正光院」生かせいのち</title>
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		<description>高野山真言宗「正光院」の住職が、人の幸せの願いのもとに「わがいのちを生かす」ためのメッセージをお届けしています。</description>
		<language>jp</language>
		<copyright>Copyright Shokoin</copyright>
		<lastBuildDate>Thu, 3 Sep 2026 08:44:15 +0900</lastBuildDate>
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		<title>「冷たい」八功徳水その二</title>
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		<description>　極寒の渓谷、流れ落ちる瀧の水に身をまかせ、一心にご真言を唱え続けます。 やがて水の冷たさが薄れ、高揚感に包まれながらの一時。 終えて後、身体を拭って衣を身にまとったころから、温かさと清涼感が入り交じりわきあがってきます。 人間もその他の動物も、過去の経験から現在の心境を推し量りますが、何処までも対比して是非を判断しているに過ぎません。 　人の表情や他人の態度も、冷たく冷ややかに感じるか、凛として爽やかに感じるかは、それまでの経験値によって変わってきます。 　どんなにお願いしても、願いが叶わないと、神仏を恨んだり、誹ったり、神も仏も無いように嘆きます。 ところが、失敗を重ね、世間に迷惑をかけ、後悔や後ろめたさに包まれながら、ご本尊様にお参りしたからといって、お大師さまが貴方をたたくわけではありません。何時までも何処までも優しく見守って下さっています。何もしないのではなく、待っていて下さいます。母親のように。最後まで貴方の味方でいて下さいます。凛として。</description>
		<pubDate>Thu,3 Jun 2010 11:02:00 +0900</pubDate>
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		<title>「甘い」八功徳水その一</title>
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		<description>　チベット高原には標高六千六百メートルのカイラス山が聳えています。この山の周囲、五十二キロの長い道のりを五体投地(両手・両膝・額を地面に投げ伏す礼拝)を行いながら巡礼する、チベット仏教の信仰者が今もいます。このカイラス山は古来より仏教の「須弥山ーしゅみせん」、即ち世界の中心に位置する山にたとえられました。この山は、七つの海に取り囲まれ、その海水には「甘・冷・軟・軽・清浄・無臭・飲む時とき喉をいためず・飲みおわって腹をいためない」という八種の功徳があるといわれています。水は私たちの心と同じく様々にその姿を変えます。時には洪水を起こし大きな災害を生み、大地に凍てつく氷となる水も、飢え渇きに苦しむ人に、たった一杯の水を差し上げることができれば、命をつなぐ尊い甘露の水になるのです。</description>
		<pubDate>Thu,3 Jun 2010 11:00:00 +0900</pubDate>
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		<title>「臥(ふ)せる」四威儀その四</title>
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		<description>　「行住坐臥(ぎようじゆうざが)」の中で、一番気の抜けるのが横になっているときですが、現代人には、就寝時に気の休まらない人が増えているようです。もっとも、生活や仕事が不安定で何時失職するか解らない状況では、なかなか枕を高くして眠れないのかも知れません。昔話に出てくる「三(さん)年(ねん)寝(ね)太郎(たろう)」の様に、大事の前に英気を養い、大器が育つのを待ってあげるような気風が有れば、人も国も豊かな人材で満ち溢れてくるように思います。その反対に「惰眠(だみん)を貪(むさぼ)る」と言うことが有ります。必要以上の休養は人の気を殺(そ)ぎ、創造性を失わせます。何事もバランスが大切ないい証拠だと思います。この調和のとれた、偏りのない状態を「中道(ちゆうどう)」と言いますが、「威儀」とは、その調和をとるために、日々努力する方法で、「臥せる」とは、努力を続けるために、必要な気力を充実させる事を意味しています。初夢に寝正月、朝寝て、昼寝て、怠け者の様ですが、人が動かないのが一番地球に優しい努力だそうですので、少し多めに休みましょう。</description>
		<pubDate>Tue,1 Jun 2010 03:04:00 +0900</pubDate>
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		<title>「座る」四威儀その三</title>
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		<description>お昼に食堂に入ると、大勢の方が食事を摂られていました。大切な昼休みの時間です。食べている料理も、食べ方も人それぞれです。新聞を読みながらの人、片手だけ出している人、立て膝の人、背中を丸めて俯く人、そして、きちんと座って、両手を使って、良く噛んで、味わいながら食事をする人、まるで合掌をして、真言を唱え、大切な食べ物を頂いて、今日を生かして頂いていることを感謝している様にも見えました。私達は、お仏壇の前に座るときは、先ず正座をします。お寺の本堂でも、法事でも、大切な方とお会いするときも正座をします。私達日本人の「座る」と言う行為の中には、その対象に対し「正しい心と姿でお迎えする」と言う気持ちが、DNAとして血の中に流れているのではないでしょうか。また、車の運転にしても、シートベルトをして、正しい姿勢で座り運転することは、疲労を軽減し健康的にも自分の身を守り、それは、人の命も守る事にも繋がります。「座る」と言う日常の立ち居振る舞いが、大切なことを教えてくれているのです。</description>
		<pubDate>Sat,29 May 2010 17:23:00 +0900</pubDate>
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		<title>「止まる」四威儀その二</title>
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		<description>　「走姿顕心(そうしけんしん)」人が走る姿の中 に、その人の心が顕れているといいますが、スポ ーツの指導になると、走り方、歩き方、止まり方、 座り方を教え、後に個々にあった技術を教え込み ます。この指導法は、仏教の四威儀(行住坐臥) に通じています。  　我々は、日々急行列車に乗っているかのような人生を送っています。たまにはローカル線に乗り、 車窓から見える風景のひとコマひとコマを眺める のも必要かもしれません。  「立ち止まれ、お前は実に美しい」多忙な毎日でも、自己を見失う程悲しいことは有りません。時 には、「立ち止まり」自分を見つめ直すことが大切だと思います。  　お大師さまは、全国を行脚されながら、いたる 所で「止まる」と言うことを実践なさっています。 立ち止まられた所にお大師さまに対する信仰が生まれ「弘法湯」「弘法池」「弘法坂」等を遺されま した。  　きっとお大師さまは、知足(足るを知る)を忘れてしまった我々現代人に、「止まる」とういこ との大切さを、大声で叫んでおられるように思え  てなりません。</description>
		<pubDate>Thu,20 May 2010 17:13:00 +0900</pubDate>
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		<title>「歩く」四威儀その一</title>
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		<description>弘法大師さまと「同行二人」の四国八十八ヶ所一人遍路歩きは、全行程1200kmの厳しい旅である。 中でも、「遍路ころがし」と言われる十二番焼山寺に向かう12.5kmの山道は、登れど登れど階段が続く難所です。  疲れて何度も休み、道半ばで登ることも戻ることも出来ず、疲労 困憊の末に思わず「お大師さま何とかして下さい」と叫んでしまう 方も多いようです。 登りの長い道、マメとの戦い、悪天候の中の歩行、背負う荷物の重さ、トイレの心配、迷い道、孤独と我慢と苦痛の連続である。 それでも、多くの人々がお四国へ向かい、多くの困難を克服して、得難い感想を抱くのも、お大師さまが金剛杖となり、ご一緒に歩いて下さっているお陰であります。世間では、満足、安心、安全、便利、快適を求めて止みませんが、一向に解決出来ない事ばかりです。目の前の享楽を求めるあまり、他者に与えるべき感謝や、思いやりを置き去りにして居ませんか。 「相互供養・相互礼拝」</description>
		<pubDate>Fri,14 May 2010 17:13:00 +0900</pubDate>
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